2015/01/14

 シアトルからニューアーク空港に着いたのは23時過ぎ、ホテルのシャトルバスのピックアップを待って、部屋に落ち着いたのはもう25時も回ろうという時間だった。手早くお風呂に入って寝ようとしたけれど、疲れすぎていてなかなか眠れなかった。
 
 くたびれていたのは、でも時間だけが理由ではない。どこかのんびりした雰囲気が漂う西海岸と違って、飛行機の中ですでに気忙しい雰囲気を感じ取っていた。CAさんも、空港の職員も、ホテルの人もみんな早口で、訛りが相まってしまうと英語が聞き取れない。半年イギリスにいたとはいえ、かなり退化してしまった私の英語では、言いたいことを思うように言えないフラストレーションもある。私が飛び越えてきたのは、3時間の時差だけではないような気がしてしまった。
 
 翌日の朝も一悶着あったものの、ラガーディア空港近くではとこの蘭ちゃん一家にピックアップしてもらったときには、心の底から安堵した。エヴァンが走らせる車は、一路スタンフォードの自宅を目指す。初対面になる息子のジェイキーは、最初は恥ずかしがってなかなか目を合わせてくれなかったけれど、そのうち彼女が私を呼ぶように、"Hah-chan"と呼んでくれるようになった。久しぶりに聞く蘭ちゃん独特の日本語のリズムが心地よい。
 
 夜は暖炉の前に座り込んで、親戚だからこそできる話をたくさんした。日本人でありながら海外で育つということ、自分は何者なのかという意識のこと、お互いの家族のこと、今不安に思っていること…。それらは国を超えてもあまり違いはなく、ときにはお互い涙ぐみさえしながら、7年の空白を埋めたのだった。

2015/01/08

 雨は降り続いていて、私は肩と首をすくめてなるべく雨の当たらない場所を歩くしかなかった。それでも、10分弱歩いてホテルに戻ってきたときは、もうすっかり濡れてしまっていた。
 
 雨に濡れるのは嫌いではない。それでも、ひとりで旅先で雨に打たれるのはちょっと心もとない感じがするものなのだな、と水滴を拭っていたら、"Good morning, Ms."と声をかけられた。
 
 「どうしたの?雨に濡れたの?貸せる傘があったのに」と言ってくれた、クロークにいたその男性の肌は綺麗な茶褐色だった。「そうだったの?私が出かけたときは誰もいなかったからわからなかったよ」と言うと、「それは悪かったね」とすまなそうに笑う。「僕はジェームズ。君の名前は?」と聞かれて、はるな、と答えると、日本人の名前は発音が難しいね、と言う。日本に行ったことがあるよ、と言うのでどこに行ったのか聞くと、Tokyo, Osaka, Kyoto, Hokkaido, と楽しそうに思い出している様子だった。
 
 「シアトルにはいつまでいるの?」と聞かれたので今日ニューヨークに移動する、と答えると、ぱっと顔を輝かせて「ニューヨークは僕の出身地なんだ」と言う。とっても素敵な街だから楽しんでね、と言ってくれるその気持ちが嬉しい。
 
 チェックアウトのすこし前に荷物をまとめてフロントに下りたら、ジェームズは別のお客さんとしゃべっていた。手続きを終えてホテルを出るときジェームズの方を見たら、お客さんの対応をしながら笑って頷いてくれた。Thank you, と言って小さく手を振って、まだ雨の降る外へと向かって歩いた。