2014/12/22

Pike Place

 あたたかかったサンフランシスコを後にして、2時間の国内線フライトで降り立ったのはシアトル。一転して空は沈鬱で、雨が降り続いていた。でもそんな中で久しぶりに会った友達はとても元気で、たった数時間の邂逅ではまだまだ話し足りないことがたくさんあった。また来年絶対来るからね、と言って手を振って別れた。
 
 その日は、あまりうまく眠れなかった。ずっとベッドの中で寝返りを打ったりiPhoneを見ていたりしたけれど、5時半になったのを機に、えいっと起き上がる。もうこのまま寝転んでいてもしかたがない。そういえばシアトルにはスターバックスコーヒーの1号店があると思い出してGooglemapで調べてみると、幸いそんなに遠くない。手早く身支度をして、雨の朝に一歩を踏み出した。
 
 サンフランシスコとは打って変わって、まるで季節がひとつ進んでいるようだった。吐く息は白く、傘を持っていない私はあっという間に濡れた。ハンカチで雨粒を拭いながら歩く。
 
 あった、と思って入ったスターバックスは、実は1号店ではなかったとほどなくして気づき、ラテとベーグルをたいらげてから、また1号店を目指して歩く。そのお店からは近かったので、ほっとしてドアを開けた。
 
 暖房がよく効いたお店の中はとてもあたたかく、ほうっと息をつく。"Good morning!" と声をかけてくれた店員さんに、1号店だと間違えて、あっちのお店に入っちゃったよ、と言うと、あらあら、間違えてあっちに行っちゃう人、よくいるのよね、と朗らかに笑われ、私もえへへ、と照れ笑いをする。どこから来たの、いつ帰るの、と交わす他愛のない会話がとても楽しい。父へのおみやげに、ここでしか買えないコーヒー豆を買ったら、その店員のアンディは、こんなスリーブをプレゼントしてくれた。Have a nice trip! という店員さんたちの明るい声に押されて、また雨の降る外へと足を向けた。ほかほかの気持ちを抱えて。

2014/12/11

 ワールドシリーズでサンフランシスコ・ジャイアンツが優勝したその夜は、街中はそれはそれは大騒ぎだった。中継に釘付けになっていた人たちが一斉に雄叫びを上げ、あちこちでクラクションが鳴り響き、誰も彼もが笑っている。
 
 野球でも応援歌のことをチャントと言うのだろうか、と思いながらも、そのチームの愛し方に、地元のサッカーチームを応援している私との共通点を感じずにはいられなかった。
 
 普段は白のライトだというコイトタワーも、この日ばかりはオレンジ色にライトアップされていて、まるで街全体が流行熱に浮かされているようだった。もうすぐハロウィンだから、と友達が買ってくれたチョコレートを口に放り込みながら、私の足取りまですこし軽くなったような気がしたのはなぜだったのだろう。

2014/12/02

海の浸透圧

 旅先で現地に住んでいる人と会うと「何がしたい?」と聞かれるけれど、いつも答えに詰まる。これといって観光名所をまわりたいわけではなく、その土地での生活を垣間見たいだけなのだ。ごく普通のスーパーマーケットに行き、ただ散歩をして新鮮な景色を目に焼き付け、なんとなく書店を冷やかし、ときどきは買い物をしすぎて後悔する、というような。
 
 それでもせっかくだから、と、ゴールデンゲートブリッジとアルカトラズ島をまわる1時間のクルーズに乗り込むことにした。相変わらず日差しは強くてサングラスが手放せなかったけれど、デッキに出て海風に吹かれるのは本当に気持ちがよかった。
 
 海を見ていると、なんだか心の鍵が外れたようになる。力いっぱいに扉を閉めて、なおかつその上から全体重をかけて動かないようにしていた不満やストレスが、いとも簡単に溶け出していくのを感じる。そういえば、イギリスにいたときも、ときどき電車に乗って北海を見に行っていたんだった、と思い出した。海の浸透圧、と思う。
 
 真下から見上げたゴールデンゲートブリッジは、対岸から見るよりもずっと迫力があった。どれだけの年月と人とお金とが費やされたのだろうと思うと、心の隅がしんと冷える。建設から80年近く経った今もなお、こうやってなくてはならない存在になっているということに思い至ると、なんだか目が眩むような気がした。