2014/05/09

足踏みミシン

 口が裂けても手先が器用だとは言えないので(ここで私のことをよく知っている何人かはうんうんと頷くに違いない)、母や妹たちが大好きな裁縫や編み物とは、私自身はまったく縁がない。ミシンだって、もう何年も触ったことがない。
 亡くなった祖母が愛用していたのは、足踏み式のミシンだった。「ジャノメミシン」と書いてあったそれは、黒くてどっしりとしていて、庭が見える場所に、カバーをかけられて置いてあった。
 一時期私が好きだった遊びは、そのミシンを使い、延々と紙に穴を空けていく、というものだった。もちろんそのミシンを使うのには祖母の許可がいる。「ねえおばあちゃん、あれやりたい」とねだっては、針を古いものに付け替えてもらい、いらないチラシや画用紙をそこにあてがって、踏み板に足を乗せる。足は互い違いに置いたほうがいいのよ、と祖母に教えられてそっと踏むと、むき出しになった茶色の革のベルトがぶうんという音を立てて回りだし、それと同時に紙に一定の間隔で穴が空いていくのが、なぜかたまらなくおもしろかったのだ。
 すっかり忘れていたけれど、神戸の異人館に展示されていた足踏みミシンを見て、ふっと記憶が蘇ってきた。そういえば、家の中でかくれんぼをするときは、よくミシンの下に隠れていたものだった。
 小さかった私にとっては、ミシンはピアノと同じ種類のものだった。つまり、自分が動かしているのだという実感を持てていたもの。今はあらゆるものがコンピューターやシステムで動いているけれど、きっちりと組み立てられ、それを自分で動かしていけるという実質的な喜びを感じていたのだと思う。ミシンは処分され、ピアノもあまり弾かなくなってしまったけれど、自分の動かしたように動くものの美しさは、今でも私の根っこに息づいている。

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