2013/03/07

新しい靴

 「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする」、と須賀敦子は書く。
 2週間ほど前、新しい靴を買った。6.5センチヒールのショートブーツ。
 はじめてヒールのある靴を買ったのは学生時代。今思えばほんの3センチほどのヒールだったが、それでもその靴に足を入れて立ち上がったときの、世界がひろびろした感じは忘れられない。背が小さいこともあって、それからはヒールの靴ばかり買った。どんなに足が痛くなっても、もともとの自分の目線よりすこしでも高くなれば、それでよかった。普段の私では見えないものが見える気がしたのだ。でも、山形に帰ってきてからは、めっきりヒールの靴を履くことはなくなり、持病だった腰が悪化してから、私はヒールのある靴をすべて処分した。
 どんなに少なく見積もっても、そんな靴を買うのは6年ぶりだ。もしかしたら、新しい靴を履くのにあんなにわくわくするのも、同じ時間だけ、久しぶりなのかもしれない。今の私はひろびろとした世界を早く見たくて、雪解けの日を心待ちにしている。

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