2016/02/17

ほんとうについた嘘よりももっと悪いこと

 みんな嘘なのかもしれないな、と思った。とんでもないすけこましで、たださすらいたいだけかも。しばられたくないだけかも。そういう可能性も大ありだった。
 でも説得で彼の考えを変えられるわけでもないし、そんなのたくさん見てきた。説得の嘘ワールドを。
 ほんとうについた嘘よりももっと悪いことは、自分の考えで人を動かそうとすることだ。たとえよかれと思っていたって、そしてどんなに軽くても重くても、罪は同じだ。他の人の考えがいつのまにか自分のつごうがいいように変わるように、圧力をかけるなんておそろしいことだ。
(吉本ばなな『ハチ公の最後の恋人』メタローグ p47〜48より)


 大学時代に何回も何回も繰り返し読んでいたのが、吉本ばななの『ハチ公の最後の恋人』という本だ。呉服町通りの江崎書店で平積みになっていた場所も、そこに午後のやわらかい光が当たっていたことも、今でもくっきりと覚えている。『キッチン』ですでに有名になっていた吉本ばななの、それほど熱心ではなかった読者だったのに、なぜかこの本だけは最初の数行を読んでそのままレジに持っていき、アパートに帰ってそのまま読みきったのだった。

 スピリチュアル、という言葉がまだまだ知られていなかった当時、この本は私にとってはスピリチュアルの一風変わった入り口となり、またたくさんの触発される言葉を含んだ本でもあった。そのひとつが、冒頭の引用部分だ。

 自分の考えで人を動かそうとすることが悪いこと…? むしろ、自分の考えで人を動かせたら自分に力があるということではないか、と考えていた私にとっては、あまりに衝撃的な言葉だった。何回も読み返して、読み返すだけでは飽きたらなくなって、手帳にまでこの文章を写していたほど。

 それでも、当時は、わかったようなわからないような、という状態だったのだと思う。今なら、たしかにそのとおりだ、と言える。もっと軽やかに、しなやかに影響を与えるのならいい。自分の考えを正当化して何になる。説得なんて、誰もされたくはないのだ。

 私は、今、誰かを力で説得しようとはしていないか。

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